客先常駐で一番耐えられないこと

私は今、SES企業に勤めていて客先常駐をしている。IT企業は長いが、客先常駐をするのはこれが初めてだった。1年半ほどこの形態の業務を行って、私には向いていないし耐えがたいと感じたためこの度転職をすることにした。ではどういったところが耐えがたいと感じたのか。

初めに断っておくと、ちゃんとしたSESや客先常駐であれば良かったのかもしれない。SESはすなわちシステムエンジニアリングサービス、ITサービスの提供を準委任契約で行うというものだ。つまり、自社に「お客様にこのサービスを提供します」という明確なメニューがあり、その遂行に必要だから客先に常駐する、といった形であればよかったのだ。

だが私の場合は、「この社員を月額xx円で貸し出します、あとは煮るなり焼くなりご自由にどうぞ」契約であった。書類上はそうでなくても実態はそうだった。つまり私は顧客に何らかのサービスを提供するためではなく、顧客の言う通りに動く駒として送り込まれたのだ。

さて、タイトルの話。こういった形態の客先常駐で一番耐えられないこと。それは自分がITでお金を稼いでいるわけではないということだ。

お客様に特定のITサービスを提供するのであれば、ITで稼いでいることになる。だが、お客様の言うことを聞くのはITではない。たまたま命令されたことがIT関係だというだけだ。それは奴隷と何が違うのだろうか。

貴族が奴隷を雇ったとする。奴隷に「庭の掃除をしてこい」と命令したとする。ではその奴隷は「私の仕事は清掃業です」と名乗れるのだろうか?名乗れないだろう。奴隷は奴隷でしかないのだ。奴隷の価値は庭の掃除スキルではなく、命令された通りに動くことなのだ。

今の客先ではほとんど残業がなく、そのことについて社長や上司から責められたこともあるが、そもそも奴隷に自分の勤務時間を好きにする自由はない。貴族に「もう上がっていい」と言われたらその通りに上がらなければならない。奴隷が自主的に「いえ、まだやり残しているので残業します」と言うことなど許されないのだ。それはもちろん奴隷のワークライフバランスに配慮するためではない。奴隷の価値は言われた通りに動くことなので、命じられたことはその通りにしなければならないからだ。私は客先から「指示がない限りは残業しないでください」と言われていた。残業したことも少しはあるが、「今日は1時間残業してください」などと指示をされて残業していた。納期が迫っているからとか、進捗が遅れているからという理由ではない。指示をされたから残業しただけだ。こういった奴隷契約を是として客先に送り込んだ張本人が、「何で残業しないの?」などとのたまうのは一体どういうことなのだろうかと思う。

他の業界で考えてみる。医者の診療行為は準委任契約だ。医者が提供するサービスは、例えば熱があるという人に対して、熱の原因を検査し、適切な治療をすることだ。決して、30分間患者の言うことをなんでも聞くことではない。そう考えるとIT業界にはびこっているSESの実態がいかにおかしいことかわかる。

そもそもこのビジネスを行っている人に正しい認識があるのかも怪しい。転職が決まった後、自社の営業と面談をしたのだが、転職先の会社について「客先常駐をやっていない会社です」と言ったら「請負オンリー?」と返ってきた。客先常駐の対義語は請負ではない。あえていうなら、客先常駐の対義語は自社作業だし、請負の対義語は準委任だ(それでも対義語というわけでもないが)。客先常駐は単なる形態の話にすぎない。請負だろうと準委任だろうと、客先常駐も自社開発も在宅勤務もありえる。営業がこの体たらくなのが信じがたい。そもそも営業も社長も法律を理解していないのでは?という懸念すら出てくる。派遣契約でない限り客先に命令されることは法律違反であるが、その認識がないがためにこんな形態のビジネスをやってるのではなかろうか。

話がそれたが、そんなわけで私は自分がITスキルを売っているのではなく、命令通りに動くという価値を売っているのだと気づき、この形態に嫌気がさしたのだ。

もちろん世の中のSES企業や客先常駐のすべてがこうではない。冒頭で書いたとおり、ちゃんとしたシステムエンジニアリングサービスをやっている企業もある。ただ自分が所属する企業はそうではなく、そういう働き方をすることが私には耐えられなかったため辞めるだけのことだ。自社には転職理由を「客先常駐が嫌だから」と言ったが、別に客先常駐がすべて嫌だというわけではなく、繰り返しになるが手段としての客先常駐であれば別にいいのだ。だがそれを言ったらこの記事のようなことをぶちまけなければならず、これからも在籍する社員に対して言うのは憚られるため、「客先常駐が嫌だから」というふわっとした理由しか告げられなかったのである。